1日オフ。とはいえ、来週のゼミで発表の機会があり、少し準備を進める。修論の内容の一部を発表することになっている。昨日、途中まで読んでいた修論の続きを移動中の電車で読み返す。完成から2ヶ月経った今でも、まだ面白いと感じる。頑張って良かった。だが、この論文の縮小版を作るのは意外と面倒臭い。まだそこに喜びを見出せていない。と、文句を言いながらも、書きたいことがまとまってきたし、新たに参考文献を追加したりできている。進んではいる。
この作業がどれくらいかかるのか分からない、というのがストレスだ。実際には、限られた時間でなんとかまとめあげるしかない。つまり、作業が時間を規定するのではなく、時間が作業を規定するのだ。そしてまだそれほど時間を割く気になれていないということは、時間に対して作業が小さすぎると感じているということだろうか。おそらく、2,3日でガーッと仕上げることになる。とりあえず明日は時間を作っているが、果たしてどんな作業をどれだけやることになるのかは未知のままだ。
毎日即興的に書き出しているこの文章だが、論文のことに触れられているのは嬉しい。無意識のうちに、論文を書くこと・研究をすることが創造の一部に数え入れられていた。哲学は紛れもなく創造だと思うが、自分がそう感じながら哲学に向き合えているかどうかは自信がなかった。ちょっと勉強する気になってきた。
夕方、東京駅の丸善に寄って『センスの哲学』(千葉雅也)、『SHOE LIFE』(本明秀文)を買った。前者は間違いなく創作論の面があって「創造生活」の趣旨によく沿っている。後者は、まあ言ってみればビジネス本で、創作したものをどう売るか、ということを考えるきっかけになるかもしれないと思って手に取った。筆者の本明さんは思想書もよく読むようで(ラッパーのTaiTanさんのPodcast『流通空論』に出演している時にチラッとそういう話が出た)、そういうビジネスマンもいるんだと意外に思った。僕の読書・思考経験を活かす契機をみつけられるかもしれない、と期待している。(まあ、純粋に自伝的な読み物として楽しみたくもあるわけだが。)本屋を練り歩くのは好奇心が満たされていい。が、近所の本屋とは相性がそんなに良くなく、いまのところ生活圏内でベストな本屋は大学の生協に入っている本屋だ。もう少し家の近くで本屋を開拓できればいいのだけれど……。
夜は音楽制作をすすめようと思って、まずDAWを開く。しかし、いいループが出来上がっているものの、どう展開させていいか分からない。(ビートミュージックをどう展開させていいかはいつも分からない。)とりあえずちょっとだけ組み換えをして終わり。それから絵を描く。雑誌「BRUTUS」をパラパラめくって、気に入った広告のページを書いてみる。ブランド名をそのまま書いてしまったせいで「作品」っぽくなくなってしまったのが反省点。自分の作品にするためにちょっと「捻る」必要がある。だが、難しいことではない。たとえば、文字を消せばいいだけだ。